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その3 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
藤沢宿-平塚宿-大磯宿-二宮 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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2006年6月 |
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今回はまったく坂がないコースだと云ったら、家内が初参加である。 天気予報は「一日中くもり」だったが、今回も一日中晴れてしまった。 今年の梅雨は、西日本では大雨続きで被害も出ているのに、東では雨が少ないようだ。 今回は藤沢の小田急藤沢本町駅前から出発である。8時40分である |
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旧東海道が国道1号線に合流すると間もなく、大山道道標がある。五穀豊穣、商売繁盛の神として大勢の大山参詣者が江戸から藤沢宿を通りこの道標から右に入っていったという。 |
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茅ヶ崎に入り、元気な松並木も増えてきた | |||
大樹の下に実に懐かしい雰囲気の建物を見つけた。茅ヶ崎の松並木から少し入ったところである | |||
茅ヶ崎駅近くの茅ヶ崎一里塚 | |||
東海道で左手に富士が見えるのは、吉原とここだけという鳥井戸橋は「左富士」の名所だが、まったく見えない。 替わりにというわけでもないが、道の左側に面白い造形を見つけた。下の写真である |
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街道沿いの雰囲気には潤いがある。 どこがどう違うと、まだ説明できないが、ここまで目に触れた東海道沿いのこうした伝統的な建物の多くは、関東独特の雰囲気を持っているように思う。 箱根を越えてからの建物との比較が楽しみである |
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相模川にかかる馬入橋である。川も、馬入川と呼んでいたが、今もそうだろうか。 渡れば平塚の町だ。 今回のスタイルである。とてもスマートとはいえない。馬入橋で |
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平塚は七夕が名物だ。 準備が始まって、鳶の人たちが大勢活躍していた |
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広重の風景が初登場 | |||
平塚宿を過ぎると、花水川が流れ、その花水橋からは広重の描いた高麗山(こまやま)が昔のままの姿を現す。 橋際に立つ浮世絵には飛脚が平塚宿に向かって走っている。 逆に大磯方向へ元気なく歩いているのは空の籠を担いだ駕籠かきらしい。 広重の五十三次の絵は、五十三駅全部そろっているものだけで16種類もあるそうで、この高麗山もそうだし、神奈川宿や戸塚宿の説明版にあったものなど通常良く見るのは38歳の時の保永堂版である(*)。他の、行書版(46歳)(*)や隷書版(53歳)(*)も比較して見ると大変面白い。 (*)人文社:古地図ライブラリー5・広重の東海道五拾三次旅景色、から。 今後も、広重の五十三次に関する部分は、この本を参考にしてゆく |
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旧道は再び国道と分かれる・化粧坂(けわいさか)である。 虎御前化粧井戸というのが道脇にある。この緩やかな坂道は大変良い雰囲気である。これまでなかったような、避暑地に迷い込んだような気持の良さである。発見だ。 大磯が近いのだ |
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と思って歩いていたら、坂の途中に絵があった。 広重の保永堂版の大磯は、この化粧坂を描いた、「虎ヶ雨」である。 遊女、虎御前が曽我十郎の命日に流す涙雨をさすのだという。虎御前は出家して、先ほどの高麗山(高麗寺山)の奥の庵に閉じこもって念仏に専念したという |
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化粧坂を過ぎて東海道線をくぐると大磯の宿である | |||
左の旧道から来て、右側の国道と合流した。だから平塚、東京はこの写真では向こう側になる | |||
大磯駅の近く |
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家内が楽しみにしていたのに、残念ながらまんじゅう屋さんはお休みだった | |||
宿場跡を過ぎると、鴫立庵である。京都の落柿舎、近江の無名庵とともに俳諧三大道場と呼ばれているという。 街道から見下ろす庵は、巨大な樹木の葉に守られ、滴るような緑と澄んだ流れの別世界であった。気温が数度は違うだろうと思われた。 もっとずっと、佇んでいたいが、そうも行かない |
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東海道といえば、ここの松並木と箱根の杉並木がそのイメージを作ってきたと思うほど、昔から強烈な印象を与えてくれたところである。 箱根や伊豆の帰り、ここが唯一の帰り道で、当時の渋滞はひどかったから、じっくり眺める機会もあったのかもしれない。 松喰い虫にやられたそうだが、それでも立派な並木が守られていてうれしくなる |
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典型的と思われる民家の美しい形がここでもたびたび楽しませてくれる | |||
本来は、大磯までの予定だったが、箱根越えに備えて貯金するために二宮まで足を伸ばすことにした。 家内はかなり消耗したようで、二宮町の表示に大いに喜んだ |
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小田原まで14km、沼津まで52km、静岡まで107kmと表示されている。 遠い! |
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ここが、二宮駅入口の信号で、本日の終点である。 16時28分だから、藤沢本町から7時間50分、平塚での昼食休憩を除くと7時間20分歩いたことになる。 次回はここから始まる |
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