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| 旧奥州街道 その15 福島-桑折-藤田-貝田 |
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| 2018年5月 |
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| 福島宿から瀬上、桑折、藤田を経て貝田宿まで | |||||||
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| 福島のシンボル 信夫山。 源融の「みちのくの しのぶ(信夫)もぢずり誰ゆえに・・・」で 芭蕉も訪ねた「信夫文知摺石(しのぶもぢずりいし)は、この信夫山ではなく、阿武隈川を渡って 反対側の東に2キロほど行ったところにあるようだ |
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![]() 阿武隈川の支流、松川を渡る。この先、電車道と呼ばれる旧道を行くが、かつて福島から 飯坂温泉の湯野に至る軽便鉄道があった道である。今、その名残は何もなさそうである |
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| 瀬上宿 | |||||||
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| 瀬上宿に入ると旧街道の雰囲気が上昇する。 国登録有形文化財の嶋貫本家 素朴だが、奥州街道では多くない格子風景である |
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| ここにも格子がある |
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| 桑折宿 | |||||||
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| 桑折陣屋跡に建つ旧伊達郡役所 桑折宿は、伊達氏草創期の本拠地の一つで、その後、蒲生領、上杉領を経て幕府直轄領 となり代官が置かれた。近くの半田銀山を持ち、奥州街道と羽州街道が分岐し、 阿武隈川には桑折河岸もあって、宿場町としても町としても栄えた |
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| 土蔵造りに格子。久しぶりである。美しい! |
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| 大正ロマンの世界 |
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| 奥州街道と羽州街道の追分である。 左に行くと羽州街道で山形、秋田方面に向かう。右方向が、今回行く奥州街道である 羽州街道方向に少し行くと「半田付け」の語源となった半田銀山の跡がある。 桑折宿の北北西の半田山一帯にあり、一時は佐渡銀山、丹波の生野銀山とともに 三大銀山の一つに数えられたという。最盛期には8万人が働いていたという。 |
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| 藤田宿-貝田宿 | |||||||
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| 旧東北線軌道のレンガ橋。かつて、東北本線はこの橋の上を走っていた。 蒸気機関車の煙による火災が多かったために線路を北の現在地に移設したがこの橋は残った。 |
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