泰緬鉄道
|
前日、成田を発ってバンコクのホテルに入ったのが、この日の午前1時ごろで、田舎へのツアーに出るための荷物を準備して寝たのが午前2時であった。泰緬鉄道には、途中の駅、ノーンプラドゥク駅からの乗車である。デモで交通遮断されているための混雑があっても、乗り遅れるわけにゆかないというわけで、6時40分にロビー集合となった。睡眠時間3時間で目覚ましを鳴らす強行軍である。しかし、楽しみにしていた泰緬鉄道である。日本軍鉄道隊が1年半の短期間に建設し、建設時に病気や事故で多くの労務者、俘虜を失ったという歴史をもつ、タイとビルマ(ミャンマー)を結ぶ鉄道だったが、今、途中から先は廃線となって、ビルマには行ってはいない。その廃線となった跡に、今回の旅で立ち寄ることになっている。なお、ビルマまで再建しようという計画があるそうだ。
この乗車した駅の表示には「ノーンプラドゥク ジャンクション」とあった。ここからの分岐線があるようだ。この駅に着いたのが9時前だから、9時21分発には十分間に合った。しかし、列車が来ない。なんと1時間遅れであるという。ガイドさんによると、こうしたことがあるので、ツアーに列車乗車を組み入れることが難しいという。列車の2時間遅れで、大混乱、大損害を出したことがあるそうだ。この駅、田舎の小さな駅だが、我々の乗るナムトク行が来る前に、次々に列車が着き、あるいは通過してゆく。実にローカル色豊かで、ノスタルジックな雰囲気に、待ち時間は全く気にならない。昭和世代には懐かしい、列車交換のためのタブレットが使われて、ポイントの切り替えも手動である。乗り降りする人たちも、駅の雰囲気同様に穏やかである。
乗った車両の車内は、外観と違って、昭和30年代の日本の客車そのものである。クロスシートの座席が外れて元に戻すのに苦労する仲間もいて、だいぶくたびれてはいたが、扇風機もところどころで回っている。窓を開けはなしていると、汗もかかず、快適である。この路線、線路の状態が悪く、この揺れに耐えられる車両は日本製だけだとTVで云っていた。その真偽はともかくとして、乗ったのはおそらく日本製だろう。たしかにすごい揺れである。写真を撮りに最後部に行ってみたが、両側と後ろにもドアのないデッキで、振り落とされないよう注意が必要だった。乗客は、土地の人と観光客が半々といったところだろうか。各駅停車の一部の列車では、タイ人乗客は3等車に限り無料だという。現政権による制度らしい。我が、ナムトク行列車もそうなのか確認できなかったが、大勢の人たちが乗り降りしていた。
クワイ河(こちらではクウェー河と呼ぶようだ)の「戦場に架ける橋」を渡り、さらにかなり乗って、最大の難所「タムカセーの桟橋」を渡る。岸壁の下に、木組みで線路を載せた桟(かけはし)である。時速5kmでゆっくり走った。これらの橋はいずれも観光地となって多くの外国人観光客で賑わっていた。なぜか、東洋人は多くなく、ロシア人が目立った。
この泰緬鉄道、約2時間半の貴重な体験であった。
|
動画: 泰緬鉄道の乗車風景 : 車内風景 クワイ河の橋とタムカセー桟橋の通過など
MP4 15.6MB |
|
|
|
|
泰緬鉄道 ノーンプラドゥク(ジャンクション)駅 早起きして来たが、乗車する列車は1時間遅れという
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
列車交換用のタブレットが現役である
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
まっすぐな線路だが、揺れが激しい
|
|
|
|
|
|
|
|
クワイ河の「戦場に架ける橋」は観光客でいっぱい
|
|
(帰路撮影の橋)
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
泰緬鉄道最大の難所 タムカセーの桟橋 時速5kmで走った
|
|
|
|
|
|
ナカギリ・リゾートに宿泊 |
|
第1日ルートマップへ 泰緬鉄道乗車の動画へ 翌日:第2日の写真集へ |
タイ旅行 top に戻る |