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デルフトの フェルメール ゆかりの場所
あの日に歩いたデルフト軌跡をGPSデータとして保存して地図上に載せたのが下の図です。
デルフト焼き工房は離れていますのでここでは省きました。
青いラインが軌跡です。黄色いピンは無視してください。赤
と番号は、主な場所です。
 
1」のマルクト広場から北西を見たのが下の写真です。
走っている三輪自転車の左の建物が「
6」にある「Mechelen邸」と呼ばれる、両親が経営していた宿屋だった建物です。壁に2枚目の写真のような表示がありました。ここでフェルメールが6歳から育ったようです。壁のオランダ語表示は、小生の友人の友人が訳してくれました。
<この場所には、1632年10月に生まれた画家のJan Vermeerに関する「Mechelen」という家が建っていました>と書かれているそうです。
 
下の写真は、「4」にあるフェルメールセンター・デルフトです。ここが生家であると書いたWEBサイトもあるようですが、そうではなく、フェルメールが理事をしていたギルドの建物跡とのことです。
下の写真は、「5」にある自転車屋です。ここが、「小路」の場所との説があるそうです。いろいろな説があって確定できていないようです。かつてTV(2008/10/26放送の「美の巨人たち フェルメール 小路」)で「小路」の場所を追求したそうです。見なかったのが残念です。
この自転車屋説は、アムステルダムを案内してくれた現地ガイドさんから、あらかじめ場所を聞いておいて行ったのですが、フェルメールセンターのすぐ隣り、2軒ほど左でした。
6」「Mechelen邸」の写真の奥にもちらっと見えています。黄色い日よけがある2つの店の間に「小路」の面影があるという人もいますが、そうだろうか、と思いました。むしろ他の場所に「小路」を連想させる場所があったような気がします。
フェルメールの生家といわれる建物も近くにあったようですが、気付きませんでした。事前にもっとよく調べておくべきであったと後悔しています。もっと残念だったことは、「デルフトの眺望」の場所に行けなかったことです。例の現地ガイドさんに聞いたのですが、工事中でその場所に入れないとのことでした。恐らく、やや離れているので、そこに行く時間はとれない、ということだったのだろうと思います。もう一度、ゆっくりと行きたいものです。

なお、写真は省きましたが、2」は新教会、「
3」は市役所です。

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