「年輪の独りごと」topへ         「腹の出た年輪の物語」topへ

横須賀線のロマンスシート
   遠距離通勤・朝のおつとめ3点セット
    横須賀線の起点は、というと「起点じゃなくて終点だろ」、と言われそうである。 東京電車特定区間のはずれの久里浜である。 三浦半島の鉄道としては京浜急行(京急)がもっとずっと先の三崎口まで走っているから、「さいはて」というわけではないが、とにもかくにもJRの端っこである。 150年前にペリーさんが上陸した昔は、久里浜村なる漁村だったらしいが、横須賀と合併して地方都市となった。 今は久里浜以南も含めてベッドタウンである。 どこのベッドタウンかといえば、横須賀のであり、横浜のでもある。 しかし、京急や横須賀線の午前6時代の客が多いことからも分かるが、東京通勤の人たちが非常に増えた。 上りの京急は久里浜駅では早朝5時代でないと座れない。 この辺の人は東京の都心地区まで2時間またはそれ以上の過酷な通勤に耐えなければならない。
 このトシになるととても、満員電車に立ったままで1時間や1時間半を揺られる元気はない。 京急久里浜始発の電車に並ぶのが普通である。 最近は久里浜始発が少し増えて楽になったが、ひところは始発が減って京急の客がJR横須賀線に流れた。 ボクもそのころから朝は横須賀線で東京に出ている。 「朝は」というからには「夜は」違うのか? そう、帰りは京急である。 支給される定期券は一方だから、もう一方は自前の家計費で回数券を買う。 大変な出費である、と,当初家内には不評だったが、遠距離通勤に時間をとられて睡眠時間が4〜5時間という生活の健康管理を考えれば仕方がない、と黙認された。 話がずれてしまうが、JRと京急の企画関係の方に提案である。 「上り専用の定期券」、「下り専用の定期券」というのがあると大変助かるんですが・・・・。 後述のように、東京通勤者では上り下りのルートを変えている人は少なくない。しかし、片道定期が収入減となって経営に影響するほどの数でもないだろうから、両社の話し合いでこんな粋な取り計らいが生まれたら素晴らしいと思うのだが。

  何といっても、JR横須賀線は久里浜が始発駅である。 ぎりぎりに駆け込んだって空いた座席が待っていてくれる。 ただし、鎌倉、大船、戸塚などはるかかなたを経由するものだから京急に較べて時間がかかる。 東京駅までほぼ1時間半だ。 当初のパターンは、席に着くと、まず新聞を熟読。 次に読みかけの本を開く。 そして疲れてたっぷり睡眠、という順番であった。 その後、パターンはかなり変って、全部寝るか、または、考える時間に使い切るのである。 集中して考えられる時間なんて電車以外のどこにあるんだ、というわけで大変重宝した。 我が画期的発想は横須賀線と地下鉄丸の内線の中で生まれた!!

  他の人たちにとっても理由は同じだと思うが、わざわざ横須賀線で東京まで通う人は結構多い。 特に若い女性が目につく。 遠距離通勤の女性が乗車してからの行動は近距離を通勤する女性といささか違う。 席に着くとまず、コンビニあたりで買い入れてきたパンと飲み物で朝食を済ませる。 次いで、化粧用品を取りだして身だしなみを整える。 鏡を取り出して髪を整えたり、口紅を塗ったり、である。  そして、冬ならば寒風対策として、夏ならば冷房対策として、ショールなどを使ってひざや足下を保護する。 熟睡中の無防備な姿を向かいの男性の目から保護する目的もありそうだ。 この朝のおつとめ3点セットを、次の駅の衣笠に着くまでに済ませるのである。 早業である。 衣笠からはどっと乗り込んできて、もちろん座席は足らなくなる。 だから、お食事やお化粧、というわけに行かなくなるのである。 こうした女性の多くは新橋、東京で下車する。 もっとも、女性だけではない、男性だって着席するとかばんからネクタイを取り出して身だしなみを整えたり、奥さんが準備してくれたであろうおにぎりで朝食をとる人もいる。 ちゃんとポット持参の人もいる。 挨拶こそしないがほとんどがいつも顔なじみのメンバーであって、女性も男性も早朝に自宅を出る遠距離通勤事情をお互いに知っているわけだから遠慮はいらないのだ。 でも、顔なじみの中にも、もっといろいろな人がいる。 乗ると直ちにジャパンタイムスや日経を読み始める女性もいる。 着席してたちまち、1分もしないうちにいびきをかき始める男もいる。 しかも、毎日である。  
  なお、念のため補足するが、衣笠からの人は東京まで立ちっぱなしというわけではない。 次の横須賀駅で待っている横須賀始発の電車に乗り換えるのである。 JRのダイヤ作成も利用者の気持ちになってだいぶスマートになった。
 しかし、京急の方が早いのである。 時間がかからないのである。 だから、帰りに京急品川駅から始発の座席定員制、ウィング号に乗ると、朝JRで一緒だった人に会うことが多い。 疲れるし、出費も多くなって遠距離通勤は大変である。
   通勤電車のロマンスシート
     横須賀線はスカ線と呼ばれて、多くの文人の住む鎌倉や逗子を通ることもあってある種の雰囲気を持っていた。 亡くなられた團伊久麿さんの「パイプのけむり」にもたびたび登場していた。 横須賀線が品川から地下にもぐって、東京駅で総武線の快速電車とつながってお互いに乗り入れるようになったときの湘南側の声は冷ややかであった。「なぜ、スカ線が千葉行きなのだ」とか、「総武線にグリーン車は要らないだろう」とか。 それはともかくとして、かつて2枚ドアの湘南型を3枚扉にしたいわゆる横須賀線型の車体は、その後も今の新型になる前までは二人ずつが向かい合うクロスシートだった。 たくさんの乗客をぎりぎりまで詰め込むロングシート型と違って、弁当をひろげてもおかしくない、ラッシュアワーでも許してもらえそうな雰囲気があった。 車両や運行の合理化と高性能化によって、快適な新型車両となったがクロスシートも消えてしまった。 と思ったら、少しだけ残っていた。 久里浜からみて東京方面への上りの前3両だけは、4枚ドアにはなったがかろうじてクロスシートスタイルが残されたのである。
  さて、ボクは通勤のとき、毎朝そのクロスシート車両、すなわち前から3両目までのどこかに乗る。 しかし、二人ずつ向かい合わせに座るクロスシートそのものには席を取らない。 なぜか。 これが問題である。 クロスシート車両にも、ロングシートがある。 といってもこれも二人掛けだからロングシートと言って良いかどうか分からないが、ドアのそばにあって電車の長手方向に並ぶ席のことである。 ボクはここに座る。しかも、ドア側でなくて隣りにあるクロスシートの背中側の隅っこの席に座るのである。 

  理由は3つある。 まず、4両目以降のロングシート車両に座らない理由である。 ロングシートには7人が定員である。 これが問題で、最近の若者、だけではない中高年、特におばさんたちにも増えてきたが、6人で、ひどいときは5人で占領してしまうこともある。 当然すき間ができる。 立っている人は座りたいからそこを狙う。 当然である。 すでに座っている人の中にも心穏やかでいられない人がいる。 ちゃんと定員一杯座らないと落ち着けないのである。 そこで、お尻を左右に振って隣りに、詰めよ、と信号を送る。 気がついた人、やさしい人はその信号にもとづいてさらに次に信号を送りつつ席の間隔を詰めることになる。 うっかりすると、駅に着くたびに、そのロングシートの誰かが降りるたびに右へ、左へとお尻を移動させることになる。 とても落ち着いて思考にふけったり、睡眠不足を解消したりできない。 だから、ながーいロングシートには座らない。 お気づきのように、クロスシート車両のロングシートは二人掛けだからそんなことは起きない。 だから、3両目までに乗るのである。 この長いロングシートの欠点がもう一つある。 これは、お互い様であるが、船をこぐお隣りさんからの圧力を受けやすい点である。 眠ろうと思ったら寄りかかられて、肩でくりかえし押し戻すうちにこちらの眠けはすっかり解消、なんてことはしょっちゅうだ。 こんなことで眠れないと、睡眠不足意識が過剰となる。
  2番目の理由、クロスシート車両のクロスシートに座らない理由である。 それは脚の自由度である。 日本人の体格が立派になって自動車や飛行機の座席は以前に較べると楽に座れるようになった。 しかし、新型となってもクロスシートの前後の幅は殆ど大きくなっていないように思う。 ボクの脚は旧人類の典型だから決して長くはない。 でも、1時間半はきついのである。 もし、クロスシートに席を取るときはコツがある。 窓側で、すでに座っている女性の前に座るのである。 美人であるか否かは問わない。 男性に較べればおしとやかだから脚はほど良く、お行儀良く納めてくれるのである。 新幹線ほどとはいわないもののもう少し何とかならないだろうか。 横須賀線は4枚ドアにしたおかげで、クロスシートはドアとドアの間に一個4人分だけになってしまった。 座席の間隔を広く取ると、ドア横の二人掛けロングシートは消え去る運命か。
 なお、このドア側のロングシートで、二人掛けのドア側ではなくてクロスシートの背側の席を取るのも同じ理由であって、背板のおかげで混雑時でも、立った人の脚からボクの脚を防御してくれるのだ。 ドアとの間のの仕切り板も新型車ではその背が高くなったのでドアの側に立つ人のお尻に攻撃されることがなくなったから、女性には好評で、はじめからそちらを選ぶ人も多い。 そうするとボクの選択とぶつかることがなくてうまく住み分けが出来ることとなって都合がよいのだ。
  さて、3番目の理由は、2番目の理由とも関係がある。 やはり座席の広さの問題である。 少々難しい作戦も必要となる。 座席の間隔の広さについて触れたが、座席そのものの一人分の大きさ、すなわち幅もあまり大きくなっているようには思えない。 体格だけは確実に大きくなっているのに、である。 実は、座席選びには若干のスリルがある。 隣りにどんな方が座ってくれるかである。 もちろん美人大歓迎。 しかし、さっきと同様、美人でなくても良いのである。 容姿、年令を問わず女性大歓迎だ。 これはひとえにお尻の大きさにその理由がある。 女性のお尻は大きいというが、そんなことはない、どんなに立派なお尻のおばさんでも、普通の男性より占有面積は小さいのである。 経験で知った。 と言ってもなまめかしい経験で知ったわけではない。 電車の座席選択研究の成果である。 お尻の小さい人との二人掛けなら、お互いに殆ど「無接触」で思索にふけり、熟睡も出来るが、そうでないとあちこちに接点や「接面」が出来ていろいろ不快な局面が生ずるわけである。 
  というわけで、2番目までの条件に加えてこの問題も考慮して席を選ぶとどうなるか。 ドア側の二人掛けロングシートに、すでに女性が座っている席を見つければ良い、ということになる。 これがむずかしい。 出発時刻よりかなり早く駅に到着すると、たとえそのような席があったとしても、ガラガラなのに女性の隣りに座ることになるから、なにか誤解されるような気がして実行できない。 発車時刻が迫っていれば空席が減っているから条件に合わなくなる。 要はタイミングであるが、現実には早めに駅に着いて、隣りに女性が来てくれそうな席を選び、期待通りになることを願いつつ待つということになる。 しかし、なかなかそううまくはいかない。 たまに、女性が来てくれると、特にあの素晴らしい人が座ってくれると、今日一日がすべてうまく行くような元気が出て、まさに横須賀線のロマンスシート気分であるが、そうではなくて体の大きなお兄さんでも来たら悲劇である。 うっかりすると東京駅到着まで戦いが続くことになる。
 

 でも、何か変である。 こんなところに神経を使って、頭も使って通勤するなんて。 
   最新型電車内を寒風が吹き抜ける
    愚痴のついでに、JRの方にお願いをもうひとつ。 JRの幹部の方に、真冬の横須賀線を経験していただきたいのである。 車内を寒風が吹き抜ける久里浜駅での発車までの時間を味わっていただきたいものだ。  ひどい寒さである。 屋根もないプラットフォームから冷たい風に乗って冷たい雨が吹き込む状況を想像されたい。 逗子での増結を待つ間の同様の状況も。 東北線(最近はなぜか宇都宮線などと呼んでいるが)のように停車中はドアを閉めて、手動のボタンであけられるタイプにするか、あるいは京急のようにある程度長い時間の停車中は半分程度のドアは閉めて寒風が入るのを抑えるなどの工夫をなぜしようとしないのか。 湘南なんて言ったって気温はそんなに違わない。 寒冷期の座席の確保作戦では、ここに書いてきたことなど吹っ飛んで、風の強さと向き、雨の強さを観察し、対策を考えることになる。 やれやれ。
  横須賀線は停車時間が長すぎる。 計ってみると、逗子での増結のための停車時間は京急の、例えば金沢文庫での増結停車時間の約2倍である。 そして、あちこちの駅で「時間調整」と称して遅れ対策用の余裕時間の消化を1分から3分ぐらいずつ繰り返すのは困ったもの。 総武線との相互乗り入れによる事故の際の遅れの影響を小さくするためであろうが、その問題もなかなか解決されずに、事故の際には依然として混乱が長引くし、いっそのこと元通り、東京駅折り返しに戻してはどうだろう。
 鉄道の本来の使命であるスピードの確保・改善への熱意が今のように小さいと、ダイヤ編成改良によるスピードアップや混雑改善がめざましく進む京急に取られて、我々のような久里浜始発の横須賀線利用者は減るのではないか。 併せて、大幅スピードアップのための横須賀線特別快速も提案したい。

このページのtopへ           「年輪の独りごと」topへ     「腹の出た年輪の物語」topへ