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ヨーロッパ赤瓦屋根
 ヨーロッパの景観を特徴づける赤い瓦について、一度調べたいと思っていた。 フィレンツェのミケランジェロ広場から見渡したときの屋並みや、ローテンブルグなどドイツの古い町並みなど、どこでも、この色と家並みだけで文化の香りに酔わされてしまう。 今度の旅の途中で、若干この赤瓦の話しが出た。 誰かと誰かが話すのが聞こえてきた、という程度だが。 なぜ、ヨーロッパの屋根瓦は赤いのか、との質問に、ヨーロッパの土を使って焼くと赤くなってしまうのです、という答えだったように聞こえた。 そうか、ただそれだけだったのか、鉄分でも多いのかもしれない、と長年の疑問が解けたような気がした。 しかし、後で考えてみて、やはり疑問が残る。 エーゲ海沿岸も、イタリアも、スペインも、フランスやドイツ、北欧まで、そして、ここボヘミアも、みんな同じような土だろうか。 いや、地中海の反対側のチュニジアや砂漠のアルジェリアまでも同じ土で瓦を焼くのだろうか。 沖縄の赤瓦もヨーロッパに似た土か?

 そこで、帰ってから少しだけ調べてみた。 日本にも、赤瓦がある。 赤瓦が独特の風景をつくっているところは多い。特に沖縄では、首里城も赤瓦だし、竹富島の、しっくいで固めてシーサーを載せた赤瓦は白い砂の道と美しいコントラストをつくっている。 なお、この竹富島には、まだ行ったこともないのに、映像で繰り返し見て、目を瞑ってでも歩けそうなくらい知っているつもりになっている。 それはさておいて、、島根県石見の国には、石州赤瓦の家並みが保存されているらしい。 一方、三河、尾張や、西の播磨、備前から備後あたりでは、しっとりした黒い瓦が家々や町の風格を作り出していて、日本独特の街並み原風景の基本を支えている。 これは、松の葉や木でいぶすことによって、黒色をした緻密な表面を得ているものという。

  すぐに思いつく、このようなキーワードを手がかりに調べ始めた。すると、すぐに面白いことが分かってきた。 沖縄の赤瓦は赤土ではなくて黒土を使って焼いているらしい。 そして、昔は黒(灰)系の瓦が主流だったそうで、赤色系は18世紀以降のものが多いという。 なんと、赤瓦も黒(灰色)瓦も同じ土を使っているというわけだ。 では、何が違うのか。 焼き方の違いである。 酸素が不足する状態で焼く還元焼成は、しっかり焼きしまってかたく、吸水率も小さい。 この瓦は黒い(灰色)のである。 一方、空気を充分に供給して焼く酸化焼成では赤い素焼きの瓦ができで、こちらは吸水率が大きい。 そして、この酸化焼成の方が、還元焼成に比べて工程が簡単でコストが少なくてすむのだそうだ。 沖縄で赤瓦が主流に変わってきたのは、18世紀になって社寺や一般の建築物が増えたころからという。 瓦の需要が大きくなったため、燃料の薪が少なくてすみ、技術的にも容易な赤瓦の生産に移行してきたらしい。 すなわち、質で劣るが低コストというわけだ。
 土中に数%含まれる酸化鉄は、酸化焼成では赤いベンガラ(酸化鉄V)のままで、還元焼成だと酸化鉄Uに還元されて色が変わるということであった。 どうやら、ヨーロッパでも、沖縄でも赤瓦は、この酸化焼成による素焼き瓦らしいのだ。 
  
  こうしてみると、ヨーロッパの赤瓦も、もともとの赤色の最大の理由はコストだったのかもしれない。 それに、ヨーロッパでは、瓦を焼くときの燃料の薪が日本ほどには潤沢ではなかったかもしれないし、あるいは、降雨量が多くないから、瓦に釉薬をかけたり、焼きしめる必要がなかったのかもしれない。 ひょっとして、緻密に焼く技術がなかったのだ、などということもあるのだろうか。

  同じ赤瓦とはいっても、日本海側の石見の石州赤瓦は、ヨーロッパや沖縄の赤瓦とは違うらしい。 恐らく江戸後期からであるとのことだが、釉薬に来待石を使った美しい赤瓦だそうだ。 残念ながら、まだ見たことがない。 もともとは水瓶などに使われた焼き方という。 釉薬がかかっていることから、水が浸透しにくくて凍結に強いようだ。 だから、北前船で日本海を北上したり、山間部の寒い地域にも入って、黒一色だった世界を塗り替えていったそうだ。 石見だけでなく、 今、出雲地方、岡山県の備中吹屋の街並み、広島県、山口県の山間部にもこの赤瓦の家並みが見られるとのこと。

  沖縄や石見では、この赤瓦の屋根をできるだけ保存しよう、復活させようと呼びかける運動があるそうだ
 ヨーロッパでは、世界遺産になっていなくても、いや、それ以前に、観光地でなくても、町や田園の中の小さな集落にも美しい赤瓦の屋根が、ごく自然に、しかもまるで統一されたかのように並んでいる。 景観維持の規制や指導が、片田舎まで行われているとは思えない。 伝統を守り、美しさを維持するための、 一人一人の美的センス、美的バランス感覚によるものではないだろうか。 

  赤瓦も、黒瓦も文化を印象付ける重要な役割を担っているように思う。
 
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